社員インタビュー

自動車メーカーのメカニカルエンジニアからスタートアップへ

物心がついた頃から自動車少年

岐阜で生まれ育った浅見は、物心がついた頃から自動車が好きだった。航空系のメーカーで勤めていた父親の影響を受けていたのか、地元の国立大学に進学していく中で、メカニカル・エンジニアを目指す道を志すようになっていた。大学では工学部物理学科に所属し、開発がしたいという思いから、実験の授業が多い大学院を経ずに大手自動車メーカーを1stキャリアとして選択した。

まさかの地方配属、6年間の熊本勤務

入社当初から人生の分岐点の連続だった。新卒600名一括採用で3分の2が研究所・本社配属、残りの3分の1の中でも数十名が工場配属されるという話の中、研究所配属を希望していた浅見を待っていたのは、縁もゆかりもない熊本県の工場での配属辞令だった。その後、現場実習を兼ねて量産ラインの中での勤務を経験、アルバイトの人でも出来そうな内容の業務だったが、いち早く一人前になりたいという思いを持ちがむしゃらに働いた。

その後、6年間、熊本にて勤務をすることになる。量産ラインの製造工程の実務から管理業務、さらには新機種の量産立ち上げ、品質管理などの業務に携わった。

見えてきた自分の未来と新しい自分への渇望

業務経験を重ね、当時の仕事内容についても熟知し始めた後、浅見の気持ちを動かす出来事が起きる。優秀な同期が海外に駐在していくのを見て、社内制度の「型」が目に入るようになった。決められたレールの上をなぞるように進んでいく同僚の姿が、量産ラインの上を進むプロダクトと重なる部分があり、外に飛び出す勇気へと変わっていった。

その時に浅見の目に飛び込んできたのが、求人サイトの募集だった。2,3人程度のベンチャーで自社サービスを展開している会社ではなかったが、熊本で大手のサービスを一次請けで代理店展開している企業だった。強く惹かれた浅見は後先考えず飛び込んだ。

まさかの天災からの転機で上京

新しく入ったベンチャー企業は3人くらいの会社で、前職とは全く異なり、様々な領域の仕事を兼務することが当たり前の中で業務領域を広げていった。そんな中、入社して1ヶ月も経たないうちに熊本地震が発生。ようやく業務にも慣れてき始めた頃だった。業績が徐々に悪化する中で、どうにかできないかと奔走し、前職時代と比べるとビジネスパーソンとしてかなり濃密な時間を過ごすこととなった。まさかの展開ではあったが、結果的に浅見は会社の存続のため、自らの身を引くこととなった。

妻との話し合いで、東京の会社を見るという目的で、単身出稼ぎに上京することとなった浅見を待っていたのは、地方には無いスタートアップ企業群だった。話題性や影響力があり、決して型にははまらず、自分たちでレールを敷いていく様は、まさに大手を飛びした時に憧れていたイメージそのものだった。

その後、動画広告配信のスタートアップに転職し(未経験ながら拾って頂き)、主にメディア開拓のセールスとして活躍することになる。

溢れ出すベンチャースピリット

そのスタートアップは入社2年目のタイミングで大手メディア会社に買収されることになる。スタートアップのスピード感を身近に感じ、自らもビジネスを興す側になりたいと考えるようになった浅見は、愛着のある熊本の町おこしに関わる仕事に関わるためにその会社を離れることとなる。時を同じくして、共通の知り合いからの紹介で、22Inc.の網永と出会う。「スタンプス」というプロダクトで、ビジネスをより大きく興していくフェーズで、さらに網永のビジョンに共感し入社を決意した。

カスタマーサクセス部隊を立ち上げ

現在は、スタンプスのカスタマーサクセス部門のマネージャーとしてお客様の本質的な価値を見定め、サービスとして如何にお客様の課題を解決していくか、自社組織の啓蒙・育成に積極的に取り組んでいる。スタンプスのようなSaaS型サービスにおいてカスタマーサクセスの成功ケースは国内ではまだそう多くない。「サービスの成長、普及のためならどんな役割だって担いますよ。急成長している組織の中で、経験やスキルの領域を広げていくことができるのは貴重な機会だと思います」と浅見は力強く語った。スタンプスの成長、カスタマーサクセスはこの男が鍵を握っているといっても過言ではない。



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